■ 天狗のグウ


a0115014_39269.jpg 黒森さんの一本杉に天狗がひとりで住んでいる。
 この天狗には名前があって、グウという。
 ぐうぐう昼寝が大好きな天狗だから、グウだ。
 もうひとつ、グウと呼ばれるにはわけがある。
 それはな、こんな話だ。
 あるとき、天狗が、高い高い一本杉のてっぺんで、ぐうぐう昼寝をしていたんだ。
 すると、急に雲行きがあやしくなってきた。
 一天にわかにかきくもり――っていうやつさ。
 西のほうの空から黒い雲がもくもく湧きだした。
 と思ったら、雨がざあざあ降ってきた。
 天狗はうっかりものだ。
 ぐうぐう寝ていて気がつかない。
 そのうちに、どんどろどんどろ、オレーサマまで鳴りだした。
 オレーサマというのは、カミナリさまだ。
 カミナリさまのオレーサマが、黒雲の上で太鼓を鳴らした。
 どんどろどんどろ、暴れだしたんだ。
 びかびかイナビカリが光るわ、ばりばりっとイナズマが落ちるわ、それはそれはたいへんな騒ぎだ。
 ふとオレーサマが下を見た。
 こんなときに杉のこずえの上に寝っころがってるやつがいる。
 「あれまぁ!
 あれは天狗だな。
 よぉし、ちょっとおどかしてやれ!」
 オレーサマは、太いイナズマを手にした。
 やっとばかりに天狗めがけて投げつけた。
 うまいぐあいに大当たり!
 いやいや、天狗にすれば、うまいぐあいどころの話じゃあない。
 イナズマにつらぬかれた体が痺れて動かない。
 あっというまに高い一本杉のてっぺんから落っこちた。
 運の悪いことに、鼻の先っぽから地面に落っこちた。
 ぐしゃりっ!
 高だかと伸びていた鼻が、へし折れてしまった。
 「ぐうっ」
 天狗は大きくうめいた。
 それを聞いたオレーサマ。
 「なんだ?
 天狗のやつ。
 ぐうっていったぞ
 ぐうのネも出ないかと思ったら、ぐうか」
 それからオレーサマは、大声で歌いながらカミナリ雲に乗ってひきあげていった。

  テン テン テン グウ
  天狗のグウ~
  ぐうたらグウの
  天狗のグウ~

  テン テン テン グウ
  天狗のグウ~
  グウのネも出る
  天狗のグウ~

 このときからだ。
 黒森さんの一本杉に住む天狗の名前がグウだと、みんなが知ったのは。


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# by miyako_monogatari | 2009-03-02 14:06

■ 一本杉の天狗


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 黒森さんのてっぺんに、一本杉がたっている。
 その一本杉のてっぺんに、天狗がひとりで住んでいる。
 ――えっ?
 ひとりはおかしいって?
 人間じゃないんだから?
 なぁに、ひとりでも一匹でも一頭でも、なんでもいいんだ。
 天狗だから、なんなら一天と呼んだっていいんだ。
 まあ、いまはいちおう、ひとりにしておこう。
 とにかく、黒森さんの一本杉には、天狗がひとりで住んでいるんだ。
 えっ?
 見たことない?
 そりゃあ、そうかもしれない。
 天狗は、なかなか人には見えるもんじゃあないんだ。
 でも、見える人もいる。
 いつもは見えない人でも、なにかのひょうしに見えるときがあるんだ。
 こんど、黒森さんの上の空のあたりを、よぉ~く見てごらん。
 で、黒森さんの一本杉に住む天狗は――
 えっ?
 なになに?
 名前はなんだって?
 天狗は天狗さ。
 名前はないんだ。
 なにしろ、黒森さんにほかの天狗はいないんだからね。
 ひとりなんだから。
 呼びわける必要もないんだから。
 えっ?
 それじゃあ寂しいって?
 なにか名前をつけようって?
 いやいや、待てよ……
 そういえばあったぞ、名前が!
 テン・グウとか、天狗のグウとか……
 変だって?
 なに、天狗にしてみたら、人間の名前のほうが、よっぽど変だ。
 だから、おたがいさまさ。
 とにかく、もう人の話の腰をおらずに、静かにお聞きなさい。
 いいかな。
 そうそう、天狗の名前の話だ。
 黒森さんの一本杉に住む天狗はな、昼寝が大好きだった。
 高い高い、天までとどきそうに高い杉の木のてっぺんで、ぐうぐう昼寝をするのが好きだった。
 だから、天狗のグウだ。
 一本杉の下にいったら、空からぐうぐう寝息が降ってくるかもしれない。
 そうしたら見上げてごらん。
 なにも見えないのに、天からぐうぐう聞こえたら――
 それはきっと、天狗のグウだ。


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# by miyako_monogatari | 2009-03-02 14:05

■ 柿入道


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 子どものころ、こんなはなしを聞いた。
 たそがれどきに、柿の木のかげから大入道があらわれる。
 大入道は、お坊さんのすがたをした大男だ。
 大男は町なかを、ぶらぶら歩いていく。
 歩きながら、手にした桶(おけ)から柿の実をぽとぽと落とす。
 そうして、ふたたび柿の木のあたりにもどると、すぅーっと消えてしまう。
 お寺の小僧さんが留守番をしていた。
 そこへ、顔をてかてか赤くてからせた大男がやってくる。
 「酔っぱらいの大入道か?」
 小僧さんは首をかしげた。
 大男は手に桶をさげている。
 小僧さんの目のまえにきた。
 くるり尻をめくった。
 そうして、桶いっぱいに、びりびりとくそをした。
 その桶を小僧さんの目のまえに突きつけて真っ赤な顔でにらむ。
 「食えっ、食えっ、食えーっ」
 食べないと、どんなひどい目にあうかわからない。
 小僧さん、目をつぶって口をつけた。
 そしたら甘くてうまかった。
 小僧さん、すっかり平らげてしまった。
 大男は桶を手にして帰っていく。
 小僧さんが、あとをつけた。
 大きな柿の木のあたりにくると、すぅーっとすがたを消してしまった。
 小僧さんは柿の木を見あげた。
 皮だけになった柿の実が、風に揺れている。
 いくつも、いくつも、ふらふら、ふらふら。
 そのうち、この大入道は、柿入道と呼ばれるようになった。


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# by miyako_monogatari | 2009-02-25 06:59

■ トンコロリン

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 早口ことばに、こんなのがある。
 「となりの客はよく柿食う客だ」
 言いかえては笑った。
 「となりの柿はよく客食う柿だ」
 ありえない話じゃないと思った。
 柿の精という妖怪もいるんだから。

 やはり子どものころ、こんな話を聞いた。
 熟した柿の実が鈴なりになっている。
 なのに、だれもとらない。
 鳥がついばむ。
 とんっと落ちて、ころころ転がる。
 熟しすぎて、ぽたっと落ちる。
 それを踏んで、すってんころりん、すべって転ぶ。
 すると、どこからか、笑っているような声がする。
 「ケッケッケッー」
 「おかしいな?」
 あたりを見まわしても、だれもいない。
 それでもまた声がする。
 「クエ、クエ、クエー」
 こんどは「食え、食え、食えー」と言っているようにも聞こえる。
 そのうち、柿の木のそばを通ると、もっと驚かされる。
 「ケーッ!」
 と大声がする。
 「なんだなんだ?」
 と思っているうちに、妙に赤い人の首が、ぼたっと落ちてくる。
 これは、トンコロリンという柿の精のしわざだ。
 せっかく柿の実が熟したのに、だれもとらない。
 それを怒(おこ)っているんだ。


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# by miyako_monogatari | 2009-02-25 06:46

■ 頭に柿の木


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 子どものころの話だ。
 家で柿を食べていた。
 かあさんが言う。 
 「種を飲みこんだら、頭から柿の木が生えてくるよ」
 かあさんの目は笑っていた。
 種は飲みこまないように気をつけなさい――
 そんな冗談まじりの注意だった。
 柿の種ばかりじゃない。
 さくらんぼ、ぶどう、すいか……
 種は、飲みこんじゃいけない。
 はきだすんだよ。
 かあさんのことばをときどき思い出す。
 「頭から柿の木が生えてくるよ」
 すると、頭のてっぺんがむずむずする。
 かあさんは、こんな話もしてくれた。
 むかし、お酒の好きな男がいた。
 酔っぱらって柿を食べて、種を飲みこんでしまった。
 すると、頭のてっぺんから柿の木が生えてきた。
 頭の柿の木は、どんどん大きくなった。
 いっぱい赤い実をつけた。
 もいで食べてみたら甘い。
 よろこんだ男は、村の入口にある、もっきり屋に行った。
 もっきり屋というのは、お酒を売る店だ。
 湯飲みに盛りきりのお酒を、一杯ずつ売る。
 男は、おかみさんに柿をあげて、お酒をもらった。
 一杯のお酒を飲み終えると、また柿をあげて、もう一杯お酒をもらう。
 そのうち酔っぱらって寝てしまった。
 すると、寝ているあいだに、頭の柿の木を、だれかに引っこ抜かれた。
 男の頭に、ぽっかりと大きな穴ができた。
 男はとぼとぼ歩いて帰った。
 雨が降ってきた。
 頭の穴に雨がたまって池になった。
 男が池に手をつっこんでみた。
 大きな魚が何匹も泳いでいる。
 鯉だった。
 よろこんだ男は、もっきり屋へ行った。
 おかみさんに鯉をあげて、またお酒を飲んだ……
 まだまだ続きがあったけれど、忘れてしまった。
 お酒飲みは、どうしようもない――
 きっと、そんな話だったと思う。

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# by miyako_monogatari | 2009-02-25 05:06

■ 海の亡霊


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 海にも亡霊(ぼうれい、もうれい)が出る。
 亡霊船といって、多くは船に乗った亡霊だ。
 幽霊船とか船幽霊、船亡者、亡者船などともいう。
 船も当然この世のものではない。
 お盆に泳ぎにいくと、亡者に海へ引きずりこまれる。
 あるいは、海の上から、だれかが声をかけてくる。
 これも、船に乗ってはいないけれど、亡霊船とおなじだ。
 「お盆に漁に出ると亡霊船にあう」
 そんな古老の口ぐせを笑って若い漁師がサッパを出した。
 サッパは磯漁に使う小舟だ。
 雲行きがあやしくなったと思ったら亡霊船があらわれた。
 サッパをこいでいたら、ガスといって濃い霧につつまれた。
 そんななか、気がつくと、いつのまにか、このへんでは見かけたこともない男の乗ったサッパがそばにいた。
 それが亡霊船だったという話もある。
 「ヒシャク(柄杓)を貸せ」
 たいがいは、そういってせがまれる。
 シャクシ(杓子)やエナガ(柄長)ということもある。
 どれもおなじで、アカ(淦)という、船にたまった海水をかきだすための、柄のついた桶だ。
 亡霊船にいったんこれを渡すと、必ず自分の船に海水を汲みいれられる。
 沈没するまでやめない。
 そんなときのために底の抜けたヒシャクを用意しておく。
 あるいは貸すときには必ずヒシャクの底を抜いて渡す。
 また、海の上で助けを求めてくる声に、うっかりこたえてはだめだ。
 返事をすると必ず海に引きずりこまれる。
 船幽霊にあったら口をつぐんでとりあわない。
 反対に、とにかくなにか返事をしないと海に引きずりこまれるという話もある。
 これをトモ呼ビという。
 海の亡霊は餓鬼だという話もある。
 餓鬼は、いつも腹をすかしている。
 だから、お握りをやる。
 味噌をといて海に流してやってもいい。
 そうすれば退散することが多い。 
 亡霊船は、海で死んで遺体が沈んだ、文字どおり浮かばれない人の亡魂だ。
 海の亡魂は波間をさまよう。
 クラゲのすがたをとることが多い。
 人に出会うと、さまざまなかたちで祟(たた)る。
 江戸時代に菅江真澄という旅の好きな学者がいた。
 気仙沼へきて、船の上でこんな亡霊船の話を聞いている。
 沖でカツオをとっていたら、おおぜいの乗った船が近づいてきた。
 「そっちに乗せてくれ」
 そういって、つぎつぎ乗りうつってくる。
 これは亡霊船にちがいないと漁師たちは思った。
 飛び乗ってくるものの頭を押さえては、ナマというところにどんどん押しこんだ。
 夜が明けるのを待ってナマの板子をあけてみた。
 すると、いくつもクラゲだけが入っている。
 「クラゲは化けるのか」
 ひとりがそういうと、ひとりが応じた。
 「クラゲは風にさからって走るから、化けるようなこともあるだろう」――
 ナマというのは板子の下の空間で、とった魚を入れておく。
 ホトケといって水死体をひきあげると、ここに入れることもある。
 クラゲが亡霊に化けるのか、亡霊がクラゲになるのかはともかく、
 「クラゲの多くなるお盆には、気をつけることだ」
 それが古老の口ぐせだ。


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# by miyako_monogatari | 2009-02-21 14:26

■ 寄生木 (やどりぎ)


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 山口村が宮古町と合併するまえの話だ。

 小笠原喜代助という村長が山口にいた。
 小笠原村長は、村の金をつかいこんだとして村びとに訴えられる。
 6年間、未決囚として監獄につながれる。
 ついに無罪をかちとって放免になる。
 無罪になったとはいえ、6年のあいだ、本人の苦労はもちろん、家族も大きな負担をしいられた。

 この山口村の小笠原村長に、善平という次男がいた。
 善平は、未決囚の父が盛岡から仙台の監獄に移されたとき、家出をして仙台へ行く。
 父を見舞い、諭されて、いったんは帰ることになった。

 そのころ仙台にあった陸軍の第二師団に、乃木将軍がいた。
 本営のとなりが小笠原善平の父の入っていた未決監だった。
 善平は将軍の書生にしてもらいたいと思った。
 寄らば大樹の陰だ。
 乃木将軍を訪ねた。

 善平の無謀な望みが、ふしぎと叶った。
 小笠原という同姓の中佐が後見人になる。
 乃木将軍が台湾総督になると、善平も将軍について台湾に渡る。
 帰国して陸軍中央幼年学校に3番の好成績で入学する。
 後見人の小笠原中佐は善平を、娘の勝子のいいなづけにした。

 ところが、陸軍幼年学校での善平の成績は落ちて、劣等生になった。
 すると、勝子との縁談もうやむやになってしまう。
 どうにか卒業した善平は、北海道・旭川の第七師団に配属される。

 その後、士官学校を卒業。
 おりしも日露戦争が勃発し、乃木将軍が第三軍司令官として旅順に出征する。
 少尉に昇進した善平も出征し、勲功をたてる。
 凱旋して中尉になり、勲章をもらう。
 陸軍大学校に入ったら結婚する約束を勝子と交わし、小笠原中佐もこれを黙認する。
 善平の人生は軌道にのったかに見えた。

 またしても善平の行く手に暗雲がたれこめる。
 旭川配属中に善平は不治の病にとりつかれ、体は少しずつむしばまれていた。
 結核である。
 陸軍大学校の予備試験には合格した。
 にもかかわらず、軍務日数の不足や若さを理由に順番待ちとなり、入学が延期される。
 縁談は、ふたたびこじれる。
 勝子との文通は続いた。

 この間、善平は、ふるさと山口村、村長だった父や生家、自分、乃木将軍、勝子とのことなどを、手帳に書きつづっていた。
 手帳は何十冊にもなった。
 タイトルは「寄生木(やどりぎ)」――
 寄生木は、乃木将軍の庇護を受けた境遇を象徴するものだった。
 それを、小説「不如帰(ほととぎす)」の作家として人気の高かった徳冨蘆花に見せた。
 蘆花は、乃木将軍とおなじように、善平にとって大樹となる。

 善平の病が重くなった。
 静養のために、山口村に身を寄せた。
 陸軍から退くことを決意した。
 書き終えた「寄生木」をすべて蘆花に託した。
 そしてある日、ピストル自殺をとげる。
 数えで28歳の若さだった。

 小笠原善平は山口村の慈眼寺に葬られた。
 乃木将軍が墓碑を書いた。
 徳冨蘆花が墓参に訪れた。
 そして蘆花は善平に託された手記を整理し、「小説 寄生木」として世に送りだす。
 1100ページにもおよぶ分厚い本は大ヒットになった。

 若き軍人の数奇なる生涯――
 「小説 寄生木」にサブタイトルをつけるとすれば、そうとでもなるだろうか。
  知られることのなかった東北の風土記
  人気者の乃木将軍の素顔を描いた実録もの
  大国ロシアを破った日露戦争もの
  病に倒れて自ら命を絶った軍人の悲恋物語
 受けとり方はさまざまでも、それだけ内容に厚みをもった「寄生木」は、人びとに広く受けいれられた。
 何十版となく増刷に増刷を重ねた。
 第2次大戦後には岩波文庫におさめられた。
 単行本の初版が刊行されたのは、1909年(明治42)12月8日のこと。
 いまからちょうど100年前だった。


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# by miyako_monogatari | 2009-02-14 21:35

■ オシャラク島


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 鍬ヶ崎の、オシャラクにまつわる話。
 オシャラクは芸者や遊女のことだ。
 港町の鍬ヶ崎は、オシャラクの町としても、日本じゅうに知られていた。

 江戸時代のことだった。
 大島と小島がぽっかり浮かぶ山田湾。
 その美しい湾内に、三本マストの大きな帆船が一艘はいってきた。
 どうも異国の船らしい。
 大島のそばに異国船は錨(いかり)をおろす。
 代官所の役人たちが、サッパと呼ばれる小舟に乗って近づいた。
 すると突然、耳が割れるような轟音がとどろく。
 人びとは仰天した。
 それは、異国船がはなった、歓迎の号砲だった。
 大砲を備えていたのだ。
 役人たちは、おっかなびっくり船にはいあがる。
 どうにか通じたことには、船はオランダの商船で、ブレスケンス号だという。
 嵐に流され、食料や水を求めて山田湾に入ってきたらしい。
 役人は、求めに応じて、食料や水の補給を許した。
 いっぽうで藩に知らせた。
 使者にたったのは与左衛門。
 山田から盛岡まで三十二里ある。
 それを、一昼夜で走りぬいた。
 藩主からごほうびに、「はやぶさ一昼夜」の異名をもらった。
 盛岡藩は早馬を飛ばして幕府の指示をあおいだ。
 幕府は乗組員をつかまえるように命じた。
 さて、どうやって、つかまえよう?
 代官は名案を思いつく。
 鍬ヶ崎の遊郭から、オシャラクを何人も呼び寄せる。
 そうして、ブレスケンス号の船長たちを小島に招く。
 歓迎のうたげを開くと言って――
 ボートで小島にやってきた船長たちは、きれいなべべ着たオシャラクの歌や踊りに大よろこび。
 長い危険な航海の果て。
 嵐にあったすえにたどりついた美しい土地。
 かてて加えて、あでやかなオシャラクたち。
 異国の船乗りたちには天国にみえたかもしれない。
 つい酒に酔っぱらってしまう。
 その油断をみすまして、役人たちは縄をかけた。
 なんだか様子がおかしい――
 異変に気づいた異国船ブレスケンス号は、湾の外へたち去った。
 江戸へ送られ、取り調べをうけた船長たちは、やがてオランダへ帰ることが許された。
 それから大島は、オランダ島と呼ばれるようになる。
 鍬ヶ崎のオシャラクが異国の船長たちをもてなした小島は、女郎島と呼ばれた。
 女郎島では語感が悪かったのか、いまではあまり聞かなくなった。
 オシャラクがもてなした島だから、そのままオシャラク島と呼んだほうが、まだよかったかもしれない。


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# by miyako_monogatari | 2009-02-13 21:38