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■ 山口川の水争い


■ 山口川の水争い_a0115014_729224.jpg

 むかし、山口川で水争いが起きた。
 争ったのは山口村と黒田村だ。

 小説「寄生木(やどりぎ)」の原作を書いた山口の小笠原善平。
 その何代かまえの祖先に、権之丞(ごんのじょう)という男がいた。
 大兵肥満の人で、南部の殿さまの抱え力士だった。
 あまりに強すぎたために毒殺された。

 その息子が権辰(ごんたつ)だ。
 権辰は角力(すもう)が嫌い。
 百姓仕事に精をだす、おとなしい性格だった。
 それでも親ゆずりの強情なところがあった。

 山口村と、となりの黒田(ほぐだ)村とが争論した。
 黒田のものが言った。
 「そんだら、山口の衆や。
 山口川を、この黒田領は流さっしゃるな。
 川が荒れて、黒田村は迷惑だ」
 山口の指揮官の権辰は憤然として答えた。
 「ようござる」
 権辰は村の若者を集め、土堤を築き、水門をつくった。
 黒田領をよけて、山口川を閉伊川にそそがした。

 苗代をつくるころになった。
 黒田の田んぼには水がない。
 黒田衆の顔が、稲とともに色を失った。
 柳樽をさげて総代が詫びにきた。
 権辰は怒った。
 「なんの、腐れ酒の一樽や二樽!
 そんなもんで、おれがうなずくくらいなら、大仕事はせぬ。
 山口衆にも、きんたまがござる。
 ご迷惑千万の水は、一滴も、黒田領にゃ、やりませぬ」

 いつもこんな場合に出てくるのが女だ。
 母と妻は口をそろえて言った。
 「これこれ、父っちゃまな。
 そんな道ならぬことなさんなよ。
 ものの道理はそうでながんべいよ。
 黒田の衆とは、となり村の仲だぁ。
 力になる仲だぁ。
 黒田の稲は枯れるべいよ。
 黒田の衆は困るべいよ」
 権辰がやっとうなずいたので、山口の小川は、いまも黒田領を流れている。

 そのとき黒田の総代は使命をはたして大よろこびで帰った。
 途中、牛糞にすべって晴れ着を汚した。
 「山口衆とベゴの糞にぁ油断がでぎねえ」
 そんなことわざが、むかしの黒田、いまの宮古に残っている。


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# by miyako_monogatari | 2009-02-07 16:22

■ 夜の黒森に…


■ 夜の黒森に…_a0115014_4292155.jpg

 小笠原善平――
 徳冨蘆花の小説「寄生木(やどりぎ)」の原作を書いた人だ。
 善平は、黒森さんのふもと、山口村に生まれ育った。
 村長だった父が、村の金をつかいこんだという疑いをかけられ、未決監につながれていた。
 この父の無罪放免を祈るため、善平は黒森神社で断食籠もりをしようとした。
 そのときのようすは、だいたいこんなふうだった。
 
 父は十六の歳、黒森のお山に籠もって七日の断食をした。
 大祖母(ひいばば)や祖母(ばば)の口から、そんな話を、しばしば聞いている。
 自分もことし、数えで十六。
 七日の断食籠もりをして、獄中の父を救おうと決心した。
 その日、腹いっぱい麦粥を食って、一里の道を黒森さんへ登った。
 お堂にひざまずいた。
 老いた杉のこずえをもれる夕べの光も寂しい。
 神水(みたらし)の音はさえざえとしている。
 深い山の日暮れの心細さ。
 善平の心は麻のように乱れた。
 いろいろなことを思った。
 今は昔、この山の上の赤沼のほとりに、機織(はたおり)の道具で土を掘っていたという山姥(やまんば)のこと。
 現に生きているなにがしの老爺が見たという、モミの木にぶらさがる酒樽のような頭の大蛇のこと。
 昔むかし、この黒森のふもとの小さな寺の折り戸を夜中にたたいた梅の精、鯉の精……
 いよいよ日が暮れてしまう。
 すごい、すごい。
 妙な鳥が鳴きだす。
 森の奥から不気味な音が聞こえる。
 お堂のなかに経をとなえる声がする。
 気のせいかと思って耳をそばだててみても、たしかにそんな声がする。
 とたんに、老樹の間に、すさまじい響きがした。
 ギヤーッ、グッ、グッ
 ギユーイ、ギイギイ
 ギッ、ギッ
 身の毛がよだつ。
 もうたまらぬ。
 将来ある身だ。
 熊や狼の餌食になってたまるものか。
 命あってこそ孝行もできる。
 退却、退却!
 立ち上がるより早く、まっしぐらに一里の道をはせ帰った。
 夜は更けていた。
 なにも知らない母が、ともしびの影に寝ないで待っていた。
 善平は恥ずかしくて、その夜のことを今日まで黙っている。
 臆病の孫にひきかえ、男まさりなのは祖母だ。
 村長の帰りを願って、女人禁制の黒森さんに、お百度を踏んだ。
 百本の藁(わら)にひとつひとつ一厘銭を通して日にちを数え、夜なか、黒森さんに百日かよって祈った。


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# by miyako_monogatari | 2009-02-07 14:39

■ 黒森のオロチ


■ 黒森のオロチ_a0115014_2434270.jpg 黒森山(くろもりやま)は、親しみをこめて「黒森さん」と呼ばれる。

 この黒森さんに、赤龍(さくりゅう)の池があった。
 水が涸れて、いまはない。

 赤龍は、神龍とも呼ばれる。
 その正体は、オロチ、つまり大きな蛇のことなのではないかといわれる。
 
 オロチについては、こんな話が伝わっている。
 黒森さんには五、六丈の大きな蛇がときどきあらわれる。
 神社の本殿にとぐろを巻き、そばの垣根や末社のほこらをとり巻いている。
 見た人を驚かすけれども、決して襲ってくるわけではない。

 こんな話もある。
 黒森さんには、五色のいろどりも鮮やかに、四角いまだら模様をもったオロチがたくさんいる。
 なかには四つ足をもち、頭にツノを生やしたのがいる。
 これは大蛇といってもオロチではなく、ミズチと呼ばれるものらしい。

 本殿の屋根が長年の風や雨や雪にさらされて腐り、雨もりがひどくなったので、銅板でふきかえられた。
 そのときオロチがあらわれたのを見た人がいる。

 もっと最近の、もっとくわしい目撃譚はこうだ。
 拝殿のわきに一本の桜の木がある。
 拝殿にめぐらした廊下に、オロチがとぐろを巻いていた。
 驚いて見ていると、ぬっと鎌首をもたげる。
 のろりそろりと回廊の手すりから桜の幹にのびていく。
 頭が桜の木にとどき、やがて太い胴で幹を巻きはじめた。
 ところが、尻尾のほうは、まだ拝殿にとぐろを巻いていた。

 オロチは黒森神社のお使いとも、ご本尊そのものともいわれる。
 祭神はオオナムチノミコト、スサノオノミコト、イナダヒメの三柱だ。
 といっても、そうなったのは明治の維新後のこと。
 そのまえの、もともとのご本尊は、高さ30センチほどの木像だった。
 木像は、いまでも本殿のまんなかに安置されている。

 けれど、これも表向きの話。
 じつは、その真下の土中ふかくに、ご内神さまが眠っている。
 のぞくことができないよう、社殿の下は厳重にかこわれている。
 このご内神さまというのが、赤龍とも神龍とも呼ばれたオロチなのではないか――
 そんなふうにもいわれている。


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# by miyako_monogatari | 2009-02-07 13:47

■ イタコ石

■ イタコ石_a0115014_2425410.jpg

 黒森神社をめざして、きつい参道を登る。
 やがて道はふた手に分かれる。
 かたわらに、柱に屋根をのせただけの小さなお堂がある。
 そこに60センチほどの背丈の石がまつられている。
 柱にはイタコ石としるした板が打ちつけられている。
 イタコは死んだものの口寄せをする女だ。

 昔むかしのことだ。
 どこからか、ひとりのイタコが山口の里にやってきた。
 黒森さんに登ろうとしたので村びとは止めた。
 黒森さんは女の登ることの許されない禁制のお山だった。
 それでも、なにか心に期するものがあったらしい。
 イタコは止めるのをふりきってお山に向かった。
 鬱蒼としてけわしい山道を、細い杖を頼りに、イタコは一歩一歩と登っていく。
 峠に出ると、銭をひとつひとつ足もとに置き、その上を踏んでイタコは、なおも登る。
 銭を置いて渡るのを銭橋(ぜにばし)といったらしい。
 こうすれば山の神の怒りにふれることはないとでもされていたのだろう。
 ところが、いつまでたってもイタコはお山から下りてこなかった。
 心配した村びとが探しにいった。
 すると、峠の山道に、ぽつんと揃えたように草履(ぞうり)だけが残っている。
 イタコのすがたは、どこにもなかった。
 ――やはり黒森さんの怒りにふれたのだ。
   大蛇に呑まれでもしたのだろう。
 そう言って村の衆は憐れんだ。
 それから、草履のかたわらに横たわっていた石を立てて、イタコの霊をまつった。
 石は、イタコ石とも結界石ともよばれた。
 のちに黒森神社は新しい社殿に移った。
 イタコ石も新しい参道のわきに移された。
 またのちの世になって、石は屋根をかけたほこらの下にまつられることになった。
 なにかを刻んだ文字は、長いあいだの雨や風に流れ、イタコ石のいわれだけが今に伝わっている。


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# by miyako_monogatari | 2009-02-07 12:33

■ 狐の仕返し


■ 狐の仕返し_a0115014_541685.jpg

 和井内(わいない)の奥に、鉱泉が湧いている。
 ひとりの爺さんが湯守(ゆも)りをしていた。
 ある夜、だれかが戸をたたく。
 戸をあけると、男たちが数人、猟銃をかまえて立っている。
 「金を出せ」
 そう言っておどす。
 爺さんは、持ちあわせの財布を、恐るおそるさしだした。
 「これではたりん。
 もっとだ。
 ないと言うなら撃ち殺す」
 男たちは猟銃を突きつける。
 「ギャーッ!」
 爺さんは叫んで飛びだした。
 山の奥から村のなかまで、ころげながら走った。
 話を聞いた村の衆が、駐在のお巡りさんを先頭に駆けつけた。
 湯守り小屋に強盗のすがたはない。
 かわりに、爺さんが渡した財布が床に落ちている。
 なかの金には手つかずだ。
 これは妙だと小屋のなかを調べた。
 すると、たくわえてあった食べものが食いあらされている。
 そこら一面に、犬のような足跡が、いくつもある。
 「さては爺さん、化かされたな」
 村の衆は大笑いになって引きあげた。
 ひとりでは心ぼそい爺さんも、トボトボと、あとについて山をおりた。
 爺さんは、数日まえ、狐の穴を松の葉でいぶした。
 出てきたのを一匹つかまえた。
 皮をはいで、村で売った。
 その仲間が仕返しにきたのだろうと、もっぱらのうわさになった。

■ 狐の仕返し_a0115014_5414588.jpg

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# by miyako_monogatari | 2009-02-07 11:01