■ 鮭の又兵衛さん


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 昔(むがす)むがす、まだ盛岡さ、南部の殿さまが、おったぁ時
代の、こったあ。
 海がら、ヤマセ(山背)が毎日毎日やってきて、それはそれは寒
(さん)びい夏だった。
 ヤマセっつうのは、冷たくて濃い、海の霧(きり)のことだ。
 田んぼさ米が、でぎねえ。
 畑さも野菜が、なんねえ。
 ケガヅ(飢渇)っつうて、食べるものがなくて、人が、いっぺえ
死んでった。
 そんなときでも、津軽石川(つがるいしがわ)には、鮭(さげ)
っこが、いっぺえ、のぼってきた。
 のんのんずいずいど、のぼってきた。
 だどもす、津軽石川の鮭っこは、勝手にとることは、でぎねえ。
 川のながさ、鮭留めっつう木の柵(さく)が、つぐられでる。
 海がら、自分の生まれた川さ、もどってきた鮭っこは、ほとんど
が留めから先へ行げながった。
 鮭っこも留めも、盛岡の殿さまの、ものだったのす。
 留めを、どうにかすりぬけて、上流さのぼった、ぺえんこな鮭っ
こ。
 それだけを、村の人がどうは、とることが許されでだった。
 ところがす、そのケガヅの年のことだ。
 藩の役人がどうは、鮭っこが留めを越えで行がれねえようにして
しまった。
「おらがどうには、死ねっつうのが」
 村の人がどうは、川原さ集まって、大騒ぎになった。
 ひとりの、おさむらいさんがやってきたのは、そんなときだった。
 このへんでは、だれも見だごどもねえ、おさむらいさんだった。
 おさむらいさんは、後藤又兵衛と名のったった。
「この川も、鮭も、村の衆のものだ」
 そう言うと、村びとが手をだせなかった鮭留めの木を、ひっこぬ
いだ。
 柵をあげで、鮭っこが自由に、のぼってげるようにした。
 宮古の代官所の役人は、又兵衛さんを捕まえた。
 そうして盛岡の殿さまさ、事のしだいを告げでやったぁのす。
 殿さまの命令は、むごいもんだった。
 又兵衛さんを、逆さ吊りにして、張りつけにせえっつうもんだっ
た。
 代官が又兵衛さんに聞いだ。
「死ぬまえに、なにか望みはあるか?」
 又兵衛さんは答えた。
「もういちどだけ、津軽石の川を見たい」
 又兵衛さんの願いは、かなえられた。
 霜月(しもつき)十一月も末の、寒びい朝まのことだった。
 又兵衛さんは、津軽石の川原さ、つれでこられた。
 それがら、逆さに張りつけにされで、殺されで、穴っこさ埋めら
れで――
 あとになってからの、こったあ。
 村の人がどうは、役人どもさ知られねえように、又兵衛さんを掘
りだした。
 お稲荷(いなり)さまの境内(けいだい)さ、埋めなおしたのす。
 そうして、五輪の塔を目印にたでで、ねんごろに、おとむらいを
したぁのす。
 又兵衛さんは、鮭っこの、守(まぶ)り神になった。
 津軽石の川原さは、毎年、命日になっと、又兵衛さんをかたどっ
た人形が、たでられるようになったぁのす。

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# by miyako_monogatari | 2009-01-29 01:52

■ 津軽石


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 津軽石(つがるいし)っつう名まえは、妙なもんだ。
 南部(なんぶ)鼻曲がり鮭の本場だ、津軽石は。
 南部藩の領内だ。 
 北の津軽の国では、ねえ。
 それなぁのに、津軽石だぁの、津軽石川だぁのど……
 そう思ってだったぁども、これには、こんなわげが、あんだっつ
うがねんす。
 ――昔(むがす)むがすの、こったぁ。
 津軽石川は、べつの名まえの川だったそうだ。
 丸長川どが、渋留(しぶどめ)川どが、呼ばれでだんだあど。
 下流あたりは渋留っつう村だった。
 あるときの、こったぁ。
 旅のお坊さまが、北のほうがら、やってきた。
 北の津軽がら、石っこを、ひとぉづ、持ってきた。
 泊めてもらった家さ、お礼に、その石っこを、おいでった。
「なあどすべえ、こんなぁ石っこ……」
 家の人は、放題(ほうでえ)がなくて、その石っこを、家のまえ
の浅(あせ)え川さ、投げだんだ。
 そしたらす、驚ぐもなにも、あったぁもんで、ねえ。
 川さ、いっぺえ鮭っこが、のぼってきた。
 のんのんずいずいど、浅え川を埋めつくして、のぼってきた。
 とれでだんだぁよ、それまでも。
 それでもす、宮古川さ――いまの閉伊川さ、のぼってくる鮭っこ
の数には、とても及ばなかった。
 それが、その年の秋から、急に、いっぺえ、のぼってくるように
なったぁのす。
 村の人がどうは、考えだ。
「これぁ、お坊さまが持ってきた、津軽の石っこの、おかげに、ち
げえねえ」
「ありがてえ、津軽の石っこだ」
 それで、津軽石川と名まえを、かえたんだぁどさ。
「いやいや、旅のお坊さまが持ってきたんでは、ねえ。
 土地の領主さまが、持ってきたんだ。
 津軽の国の明神(みょうじん)さまがら、浅瀬石(あさせいし)
明神っつうどっがら、石っこを、もらってきたんだ」
 そんな話もある。
 やっぱり、それがら、いっぺえ鮭っこが、とれるようになった。
 やっぱり、津軽からもらってきた石っこのおかげだっつうんで、
津軽石と名まえを、かえだっつう話だ。
 恵比寿堂(えびすどう)のなかさ、いまでも大事に石っこは、ま
つられでる。
 それはす、ちっちゃけえ石っこでは、ねえ。
 とてもではねえが、旅のお坊さまが、ひとりで持ってこられるよ
うな石っこでは、ねえ。
 ひとかかえもある、でっけえ石だ。


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# by miyako_monogatari | 2009-01-28 13:09

■ オスラサマ


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 オスラサマ、知っておれんすべ?
 桑(か)の木の棒きれさ、布きれを何枚もかぶせだような、ジンジョウ(人形)す。
 遠野べえりでは、ねえ。
 宮古さも、おれんすが、オスラサマは。
 娘っこのど、馬っこの顔したのど、あってね。
 あれには、こんなぁわげが、あんだっつうがねんす。

 ――いづの頃だべが?
 とにかぐ、昔(むがす)むがすの、こった。
 在郷(ぜえご)のほうさ、おったぁど。
 お父(と)ぉど、娘っこど、馬っこど、おったぁど。
 娘っこは、めんこがった。
 馬っこも、よぐ稼(かせ)いだ。
 娘っこど馬っこど、仲がよくてねんす。
 寝るどぎは、いっつも、くっついで寝でだった。
 ある晩げ、娘っこど馬っこど、とうとう夫婦になった。
 気がついだお父ぉ、怒(おご)った怒った。
 つぎの日には馬っこ、見えなぐなった。
「どごさが、行ったべぇが?」
 娘っこが聞いだ。
 お父ぉは喋(さべ)った。
「桑の木さ、吊った」
 娘っこ、裏庭の、ふってぇ桑の木さ、行ってみだ。
 馬っこ、死んでだった。
 娘っこ、泣いだ泣いだ。
 お父ぉは、まだ怒った。
 マサガリでもって、馬っこの首ぃ、切りおどしたぁもんだ。
 そしたらす、馬っこの首ぃ、フウワリど、浮ぎ上がった。
 娘っこは、バッと、馬っこの首さ抱きついだ。
 そのまんま空さ飛んでいって、帰ってこながったぁど。
 
 ――そうではねえ。
 馬っこの首ぃ、切りおどしたんでは、ねえ。
 馬っこの皮ぁ、はいだんだ。
 娘っこは、その皮さ乗さって、飛んでったんだ――
 そんな話すっこも、あっともす。
 とにかぐ、めんけぇ娘っこも、いんなぐなったぁのす。
 お父ぉは、泣いだぁ泣いだぁ。
 ある晩げの、こった。
 娘っこが、お父ぉの夢枕さ、立った。
「お父ぉ。
 春になったらねんす、お父ぉ。
 飼い葉ぁ入れどぐ槽(ふね)んなが、見どがんせ。
 馬っこの顔した虫っこ、出でくっけぇ。
 その虫っこさ、桑の葉っぱぁ、食(か)せどがんせ。
 その虫っこ、大事に大事に、かでどがんせ」
 春になった。
 お父ぉが、飼い葉ぁ入れどぐ槽(ふね)んなが、のぞいで見だ。
 馬っこの顔した虫っこ、いっぺぇ、いだった。
 それさ、桑の葉っぱぁ、食せだ。
 大事に大事に、かでだっけぇ、繭(まゆ)んなった。
 んで、糸を繰(く)って、町で売ったぁのす。
 そうやって、ひとりで暮らすてだった。
 ふっと、寂しぐ、なったんだぁね。
 あるどぎ、桑の木の枝っこ、切ってきた。
 ジンジョウ(人形)を、こっせぇだ。
 ふたぁつ、こっせぇだ。
 娘っこど、馬っこど。
 寒(さん)ぶぐねえようにど、べべ着せで、神棚さ上げで、毎日おがんだぁのす。
 それが、オスラサマの始まりだ、っつう話すっこだ。
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# by miyako_monogatari | 2009-01-28 06:19

■ 黄金淵


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 重茂(おもえ)半島の太平洋岸に、一艘の、みすぼらしい船が流
れついた。
 江戸時代の初めごろのことだ。
 船には落ち武者たちが乗っていた。
 頭(かしら)は宇都宮と名のった。
 下野(しもつけ)の国というから、いまの栃木あたりから逃がれ
てきたらしい。
 黄金(こがね)を隠しもっていたという話もある。
 重茂にムギオソリ(麦尾曾利)というところがあって、そこにお
ちついた。
 落ち武者一党は、漁や畑仕事に精をだした。
 いつしか頭は、ムギオソリの長者と呼ばれるようになった。
 そのころ田老に、みずから破法坊(はほうぼう)と名のる悪党が
いた。
 法を破る極悪非道のもの、破法坊。
 ほんとうの名は、わからない。
 あたりの村むらに手下を住まわせ、徒党をなして名のある家や豪
商に押しこんだ。
 うわさを聞いた長者は、刀や槍(やり)をとりだして守りをかた
めた。
 それでも破法坊はムギオソリの長者を襲った。
 破法坊たちの襲撃は手ぎわがよかった。
 徒党とはいえ慣れていた。
 ムギオソリの長者は、黄金をつめた袋を馬にのせると、ほうほう
のていで館(やかた)から逃げだした。
 けわしい山を越える峠道(とうげみち)で、破法坊たちが長者に
迫った。
 矢つぎばやに矢を射かけた。
 峠の崖の下には谷水が流れくだり、淵(ふち)に渦を巻いている。
 長者は、黄金が入った袋を、峠から淵に投げこんだ。
 盗賊たちも黄金の袋を追って崖を駆けおりた。
 そのすきに長者は、赤前(あかまえ)村の肝入(きもいり)の屋
敷にたどりついた。
 肝入というのは村長のことだ。
 宮古の代官所へ早馬が走った。
 盗賊たちは急いで淵にもぐった。
 淵は深くて暗い。
 水が異様に冷たい。
 ついに袋を見つけられず、破法坊たちは迫る夕闇のなかに、ばら
ばらと姿をくらましていった。
 やがて、黄金が投げこまれた淵を、黄金淵と村びとたちは呼ぶよ
うになる。
 重茂から赤前あたりに小金渕という苗字の家がある。
 ムギオソリの長者が黄金の袋を投げこんだ、この淵に由来して名
づけたという話だ。
「黄金」という字を「小金」にかえたのはどうしてなのか、わから
ない。
 淵に沈んだ黄金は、どうなったのか?
 これもわからない。
 そのあと引き上げられたという話は聞かないから、いまも淵の深
みのどこかに眠っているのかもしれない。


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# by miyako_monogatari | 2009-01-27 21:19

■ 長根寺の化け猫


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 宮古の町の西――
 舘合(たてあい)の峠(とうげ)を越えると、やがて、長根(ながね)の集落にさしかかる。
 右手の奥まったところに、長根寺(ちょうこんじ)がある。
 その長根寺での話だ。

 むかし、本堂の床下に、野良(のら)のトラ猫が一匹、すみついた。
 このトラ猫、大きく育って、悪事のかぎりを尽くすようになった。
 台所にあらわれて戸棚のなかを散らかす。
 鍋や釜のフタを落として中身をかたっぱしから食いあさる。
 ニワトリを襲う。
 裏山にひそんではキジを噛み殺す。
 冬はウサギをくわえて床下に隠す……
 殺生禁断(せっしょうきんだん)の寺に、生ぐさいにおいが絶えなかった。
 とともに、この大トラ猫、しだいに形相がすさまじくなる。
 まるで化け猫だ。
 住職は困りはてた。
 殺生禁断とはいえ、相手が化け猫では、しかたがない。
 ――退治しよう。
 そう、心を決めた。
 田鎖なにがしという、閉伊郡(へいぐん)きっての剣豪を招いた。
 手はずをととのえた。
 例によって台所の大鍋に頭を突っこんで盗み食いしていた化け猫を、十二畳の客間に誘いこむ。
 武芸者は抜き身をひっさげて化け猫に斬りかかる。
 化け猫は、きらめく刃(やいば)をかいくぐって逃げまわる。
 ときに恐ろしい爪と牙とで剣豪に襲いかかる。
 さすがの剣術の達人も、簡単に一刀両断とはいかなかった。
 いや、油断すれば顔や手足をひっかかれる。
 のど笛さえ噛み切られかねない。
 真剣に熱がこもる。
 激しい争いがつづいた。
 部屋の外では、ひたすら経を念じる住職――
 タァーッ!
 しばらくして、不意に裂ぱくの気合いが響いた。
 つづいて異様な叫びがあがった。
 ドタリッ!
 ものの落ちる音がした。
 あとは、しーんと静まりかえった。
 住職が戸をあける。
 息をはずませて立つ剣術使い。
 その足もとに、頭を斬りさかれた大トラ猫が横たわっている。
 住職は剣豪をねぎらった。
 それから客間を清めた。
 柱には、刀でえぐった傷や、化け猫の爪あとが残った。
 たたりを恐れ、化け猫を、ねんごろにとむらった。
 位牌(いはい)に、
「如是畜生菩提(にょぜちくしょうぼだい)」
 としるす。
 奥の壇にまつって、供養(くよう)を欠かさなかった。
 その位牌も、本堂もろとも火災にあって、いまはない。

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# by miyako_monogatari | 2009-01-27 19:32