■ 天狗のすもう


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 早池峰(はやちね)の空に、ぽつん、豆つぶのようなものがあらわれた。
 と見るまに、ぐんぐん大きくなってくる。
 もくもくっ
 もっく
 もくもくっ
 豆つぶは、黒い雲のかたまりになった。
 あっというまに黒森さんの上までやってきた。
 「よぉ、天狗のグウ。
 折れた鼻は、なおったみたいだな」
 オレーサマだ。
 この土地ではカミナリを、お雷(れー)さまと呼ぶ。
 天狗は気やすく雷公と呼ぶ。
 「おいおい、雷公!
 おまえのおかげで、ひどい目にあった。
 きょうは負けんぞ」
 「負けんぞって、なにをする気だ?」
 「勝負だ。
 月山のてっぺんで、すもうをとる」
 「そりゃ、おもしろい」
 天狗には、お気にいりの場所が、ふたつあった。
 ひとつは黒森さんの一本杉の上。
 ふたつめが月山のてっぺんだ。
 月山は黒森さんの東。
 宮古湾をかかえたオモエ半島にそびえている。
 東と西は海。
 天狗はそこに座って、東の海を眺めるのが好きだった。
 さえぎるものは、なにもない。
 ひたすら遠くまで大海原が広がっている。
 天狗とオレーサマは、月山のてっぺんにきた。
 天狗は言った。
 「すもう以外の術を使ったら負けだ。
 イナズマも金剛杖も、なしだ。
 負けたほうが家来になる」
 よーし、というので、すもうが始まった。
 どうやら力は互角らしい。
 天狗がオレーサマをかかえて投げとばそうとする。
 オレーサマが天狗の足に自分の足をひっかけて転がそうとする。
 どちらのわざも決まらない。
 とっくみあった姿勢のままで力がつりあっている。
 そのつりあいが、ちょっとしたひょうしに崩れた。
 とっくみあったまま同時にかたむいた。
 おっとっとっとっ。
 踏んばったとたんにつまずく。
 地をはう松の根っこに、ひょっとつまずく。
 と思ったら、いっしょに、せまい頂上から転げおちた。
 ごろーんごろごろごろっ
 ざっぶーん
 海を泳いでいたトドの群れが、あわてて逃げていく。
 澄んだ海は気持ちよかった。
 天狗とオレーサマは、しばらくのあいだ泳ぎまわった。
 このふたり、仲が悪いかというと、ほんとうはそうでもない。
 どちらかといえば、まあ、友だちみたいなものだ。
 天狗はオレーサマの力を借りることがあった。
 ときどきチカナイ川の岩船(いわふね)に行く。
 チカナイ川は水が澄んできれいだ。
 川のなかの岩船は、大きな岩がくぼんで淵のようになっている。
 天狗は空に呼びかける。
 「お~い、雷公!
 ちょっとあれを頼む」
 あらわれたオレーサマ、空から岩船めがけて、小さなイナズマを、ひょいと投げおとす。
 岩船の水が、ちょうどいい湯かげんになる。
 冷たい水でも天狗は平気だ。
 でも、たまには熱い湯を浴びたくなる。
 気がむくとオレーサマもおりてきて、湯を浴びる。
 なんの話をするでもない。
 まして背中を流しあうわけじゃない。
 いっしょに湯につかるだけだ。
 ――すもうの勝負は引き分けた。
 おあずけだ。
 どちらも相手の家来にならずにすんだ。
 「ほんでば」
 「おう」
 オレーサマは黒雲に乗って、ぴゅーっと引きあげていった。
 天狗も、羽うちわをひとふりすると、ふんわり宙に舞った。

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by miyako_monogatari | 2009-03-03 12:32
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