■ 鼻折れ天狗


a0115014_9474491.jpg

 天狗の鼻が折れた。
 カミナリにうたれて、黒森さんの一本杉のてっぺんから、落っこちたからだ。
 鼻のさきから、地面にぶつかったからだ。
 折れた鼻が、ぶら~りぶらさがってる。
 痛くはないが、かっこ悪い。
 空を飛んでも高い鼻のさきで風をきることができない。
 だいいち、ぶらぶら邪魔でしようがない。
 どうしよう?
 そうだ、山ノ神さまになおしてもらおう。
 山ノ神さまならなおせるだろう。
 山ノ神さまは、黒森さんに住んでいる。
 でもいまは、ふもとの田んぼにおりて、田ノ神さまになっている。
 鼻が折れたのは、たぶんまだ知らない。
 秋の終わりにはお山にもどってくる。
 それまで待てない。
 かっこ悪い鼻折れすがたを見られるのは、いやだ。
 いやだけど、しかたがない。
 お山をおりて、みてもらおう。
 天狗は、おずおずと田ノ神さまのほこらに行った。

a0115014_2174980.jpg

 「どうした、グウ?
 その鼻は」
 さっそく言われた。
 やっぱり目だつらしい。
 さすがの天狗も、赤い顔を、さらに赤らめた。
 天狗は田ノ神さまに弱い。
 田ノ神さまは女だ。
 だけど男まさりだ。
 しゃべり方も男のようだ。
 うなだれながら早口にわけを話した。
 「そうかそうか。
 じゃあ、なおしてみようかの」
 田ノ神さまは自分の鼻を指でこする。
 鼻の油のついた指さきで天狗の鼻を一回なでる。
 おまじないの言葉をつぶやく。

  インボォー トォーレ
  カァーラグ マンゼイ
  ハッタギはねっと カラスがよろこぶ
  いでえどご いでえどご
  向げえ山さ 飛んでげー

 天狗が言った。
 「いでえどご、いでえどごって、べつに痛くはないんだが……」
 「まあ、そうじゃろ。
 天狗の鼻なんて張りぼてみたいなもんじゃからの」
 また天狗が言った。
 「そんな人間のとなえるような呪文が、天狗のおれにきくか?」
 「ことばなんか、なんでもいいんじゃ。
 要は、心のなかの念じ方しだいなんじゃ」
 と言ってるうちに、天狗の鼻が、もとのように高だかとなってきた。
 「おぉ、どうやらなおったようじゃの。
 まあ、しばらくは、おとなしくしておることじゃの」

a0115014_132513.jpg

 折れた鼻がなおったうれしさ半分。
 折れた鼻を見られ、なおしてもらった気恥ずかしさ半分。
 気持ちがふたつにわかれて、どうにも落ちつかない。
 「助かったよ」
 ぶっきらぼうに、ひとこと、お礼を言う。
 と、すぐに天狗は田ノ神さまのほこらを出た。
 なんとなく丸まっていた背中を、しゃきっと伸ばす。
 黒森さんの一本杉のてっぺんにもどって、あぐらをかく。
 東の海から吹いてくる風が鼻のさきに当たる。
 もうぶらぶらしないぞ。
 もうだいじょうぶだ。
 ありがとよ、田ノ神さま、山ノ神さま。
 それにしても、頭にくるのはオレーサマの雷公だ。
 こんど会ったら、とっちめてやろう。
 天狗は、りゅーっとのびた鼻を、片手で、しゅっとしごく。
 そうして早池峰(はやちね)のそびえる西の空を、きりっとふりかえった。


                 宮古 on web
[PR]
by miyako_monogatari | 2009-03-02 14:08
<< ■ 天狗のすもう ■ 天狗のグウ >>