■ オシャラク島


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 鍬ヶ崎の、オシャラクにまつわる話。
 オシャラクは芸者や遊女のことだ。
 港町の鍬ヶ崎は、オシャラクの町としても、日本じゅうに知られていた。

 江戸時代のことだった。
 大島と小島がぽっかり浮かぶ山田湾。
 その美しい湾内に、三本マストの大きな帆船が一艘はいってきた。
 どうも異国の船らしい。
 大島のそばに異国船は錨(いかり)をおろす。
 代官所の役人たちが、サッパと呼ばれる小舟に乗って近づいた。
 すると突然、耳が割れるような轟音がとどろく。
 人びとは仰天した。
 それは、異国船がはなった、歓迎の号砲だった。
 大砲を備えていたのだ。
 役人たちは、おっかなびっくり船にはいあがる。
 どうにか通じたことには、船はオランダの商船で、ブレスケンス号だという。
 嵐に流され、食料や水を求めて山田湾に入ってきたらしい。
 役人は、求めに応じて、食料や水の補給を許した。
 いっぽうで藩に知らせた。
 使者にたったのは与左衛門。
 山田から盛岡まで三十二里ある。
 それを、一昼夜で走りぬいた。
 藩主からごほうびに、「はやぶさ一昼夜」の異名をもらった。
 盛岡藩は早馬を飛ばして幕府の指示をあおいだ。
 幕府は乗組員をつかまえるように命じた。
 さて、どうやって、つかまえよう?
 代官は名案を思いつく。
 鍬ヶ崎の遊郭から、オシャラクを何人も呼び寄せる。
 そうして、ブレスケンス号の船長たちを小島に招く。
 歓迎のうたげを開くと言って――
 ボートで小島にやってきた船長たちは、きれいなべべ着たオシャラクの歌や踊りに大よろこび。
 長い危険な航海の果て。
 嵐にあったすえにたどりついた美しい土地。
 かてて加えて、あでやかなオシャラクたち。
 異国の船乗りたちには天国にみえたかもしれない。
 つい酒に酔っぱらってしまう。
 その油断をみすまして、役人たちは縄をかけた。
 なんだか様子がおかしい――
 異変に気づいた異国船ブレスケンス号は、湾の外へたち去った。
 江戸へ送られ、取り調べをうけた船長たちは、やがてオランダへ帰ることが許された。
 それから大島は、オランダ島と呼ばれるようになる。
 鍬ヶ崎のオシャラクが異国の船長たちをもてなした小島は、女郎島と呼ばれた。
 女郎島では語感が悪かったのか、いまではあまり聞かなくなった。
 オシャラクがもてなした島だから、そのままオシャラク島と呼んだほうが、まだよかったかもしれない。


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by miyako_monogatari | 2009-02-13 21:38
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