■ 音羽姫


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 昔むかしのことだ。
 閉伊川の河口、その南岸に、音羽(おとわ)という姫さまが住んでいた。
 佐々木四郎高綱という人の娘といわれる。
 閉伊一帯を治めた閉伊頼基の妻となって、音羽御前と呼ばれた。

 音羽さまは、藤の花と馬を、たいそう愛した。
 宮古湾の南の奥に、津軽石川が注いでいる。
 その右岸に、藤畑というところがある。
 ここには、みごとな藤が多く生えていた。
 藤畑の駒形神社は、音羽さまの愛馬をまつっている。
 愛馬は奥州黒といった。
 駒形神社は、お蒼前(そうぜん)さま、オソウデサマと呼ばれ、馬の守り神としてうやまわれた。
 お祭りには近郷から馬や牛を引いた百姓たちが集まった。
 こぞって絵馬を求めては厩(うまや)の軒にかかげた。
 境内には藤の古木があって、樹齢は数百年といわれる。

 音羽さまは、藤畑から一株の藤を住まいの地に移し植えた。
 藤は繁って大きく育った。
 里人たちも、藤を神木としてうやまい親しんだ。
 花の咲きぐあいによって、その年の吉凶を占った。
 やがて藤原という地名が生まれた。

 藤原に、比古神社が鎮座する。
 もとは藤明神といった。
 藤を愛した音羽さまをまつったものだ。
 土地の人たちは、お藤さま、オフッザマと呼ぶ。
 かつては藤原の町なかにあった。
 戦災と洪水に見舞われ、コソークマンという小高い丘に移った。
 音羽さまの愛した藤の木は、そのまえに、大津波にあって枯れ死んでしまった。

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by miyako_monogatari | 2009-02-10 16:26
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