■八戸穴


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 浄土ヶ浜の小石浜さ、八戸穴(はちのへあな)が、あっぺ?
 浜の北っかわさ。
 お台場がある、穴崎の、ながほどだあな。
 海の上っかさ、ぽっかりど、口っこあげでる。
 八の字形した口っこをさ。
「あの穴ぁ、八戸まで通じでる」
 っつー話っこがある。
 八戸のほうにある穴は、閉伊穴(へいあな)どが、宮古穴どが、呼ばれでだったど。
 いまははぁ、ねーどもね。
 八戸穴がら、箸(はす)だが、犬っこだが、流すてやった。
 そすたらば、向ごうの宮古穴がら、出はってきたどさ。

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【ノート】

 浄土ヶ浜の南に、小石浜がある。
 黒石浜ともいう。
 浜の北がわの出崎を、穴崎という。
 アナサキ、あるいはアナガサキと読む。
 穴崎には遊覧船が発着する埠頭がある。
 その向こうに、ひとつの海食洞が口を開けている。
 八戸穴だ。
 八戸穴には小舟で、あるいは泳いで入ることができる。
 奥行きは10メートルほど。
 上げ潮には、穴の奥から、不気味な音ともに潮が満ちてくる。
 深い底にはアブラメが群れているらしい。
 入ったものには幸運がおとずれるといわれ、最近では「青の洞窟」とも呼ばれる。

 伝説によれば、八戸穴は青森県の八戸市まで通じているという。
 俳人の河東碧梧桐(かわひがし・へきごとう)は、こう書いている。
 「浄土の浜は岩も岸も真砂もみな白い。
 賽の河原、剣の山など冥土に擬した奇景もあるそうな。
 なお八戸穴というて、八戸に通じておるという長洞もある。
 満汐のため、いずれも行く事が出来なかった。」
        (「三千里」1906年・明治39年)

 八戸の松館というところにあった口は、閉伊穴とか宮古穴と呼ばれた。
 崩されて、いまはない。
 八戸の中里忠香という人が記録を残している。
 「八戸の東南、二里余にあたって、閉伊穴というあり。
 いにしえより伝えて、陸中国閉伊郡、宮古浦、鍬ヶ崎に通じおると言えり。
 また鍬ヶ崎に一大穴ありて、これを八戸穴と称しおれりと。」
        (「閉伊穴の事」1890年・明治23年)
 大町桂月という文人も書いている。
 「さらに閉伊穴にいたる。
 立ちてゆくを得べし。
 幅は、せまし。
 たちまち上り、たちまち下る。
 十間ばかりにして引き返す。
 穴に入ると知らば、火を用意して来るべかりしなり」
        (紀行文「十和田湖」1908年・明治41年)


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by miyako_monogatari | 2009-02-10 13:17
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