■ 横山の伝承


 ◇ 神歌

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 昔むかしのことだ。
 阿波(あわ)の鳴門(なると)が突然に鳴動し、怒濤(どとう)逆巻く天変地異が起きた。
 時の帝(みかど)は諸国におふれを出して、これを鎮(しず)めようとした。
 横山の禰宜(ねぎ)も日に夜をついで祈祷(きとう)した。
 そうして一首の神歌を得た。

   山畠に 作りあらしの ゑのこ草
       阿波の鳴門は 誰かいふらむ

 さっそく鳴門にでかけて、この歌を詠じた。
 すると、たちまち怒濤はおさまって、静かな海にもどった。

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 ◇ 宮古の由来
 天変地異がおさまって帝はおおいに喜んだ。
 横山の禰宜をかたわらに呼んで、ふるさとのようすを尋ねた。
 禰宜は一首の歌をもって、これにこたえた。

   わが国に 年経し宮の 古ければ
        御幣(みへい)の串の 立つところなし

 帝は感じいり、「宮の古ければ」という一節からとって、都とおなじ読みの「宮古」という地名を与えた。
 それ以来この地を、宮古と呼ぶようになった。


 ◇ 逆さ銀杏(いちょう)

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 禰宜が阿波から帰った。
 道みちついていた杖を、横山のふもとに差した。
 すると、杖は生き返って、「逆さ銀杏」になった。


 ◇ 源義経

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 平泉を逃れた源義経の一行が、この地へやってきた。
 横山八幡宮に参籠し、大般若経百巻を奉納して去った。
 このとき、鈴木三郎家重(いえしげ)という家臣が老齢のためにとどまった。
 家重は近内(ちかない)に住んで八幡宮の宮守になった。
 それ以来、八幡宮の例大祭には、神幸の行列に近内から鈴木家が供をするのが、ならわしになった。


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by miyako_monogatari | 2009-02-09 12:54
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