■ 山口川の水争い


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 むかし、山口川で水争いが起きた。
 争ったのは山口村と黒田村だ。

 小説「寄生木(やどりぎ)」の原作を書いた山口の小笠原善平。
 その何代かまえの祖先に、権之丞(ごんのじょう)という男がいた。
 大兵肥満の人で、南部の殿さまの抱え力士だった。
 あまりに強すぎたために毒殺された。

 その息子が権辰(ごんたつ)だ。
 権辰は角力(すもう)が嫌い。
 百姓仕事に精をだす、おとなしい性格だった。
 それでも親ゆずりの強情なところがあった。

 山口村と、となりの黒田(ほぐだ)村とが争論した。
 黒田のものが言った。
 「そんだら、山口の衆や。
 山口川を、この黒田領は流さっしゃるな。
 川が荒れて、黒田村は迷惑だ」
 山口の指揮官の権辰は憤然として答えた。
 「ようござる」
 権辰は村の若者を集め、土堤を築き、水門をつくった。
 黒田領をよけて、山口川を閉伊川にそそがした。

 苗代をつくるころになった。
 黒田の田んぼには水がない。
 黒田衆の顔が、稲とともに色を失った。
 柳樽をさげて総代が詫びにきた。
 権辰は怒った。
 「なんの、腐れ酒の一樽や二樽!
 そんなもんで、おれがうなずくくらいなら、大仕事はせぬ。
 山口衆にも、きんたまがござる。
 ご迷惑千万の水は、一滴も、黒田領にゃ、やりませぬ」

 いつもこんな場合に出てくるのが女だ。
 母と妻は口をそろえて言った。
 「これこれ、父っちゃまな。
 そんな道ならぬことなさんなよ。
 ものの道理はそうでながんべいよ。
 黒田の衆とは、となり村の仲だぁ。
 力になる仲だぁ。
 黒田の稲は枯れるべいよ。
 黒田の衆は困るべいよ」
 権辰がやっとうなずいたので、山口の小川は、いまも黒田領を流れている。

 そのとき黒田の総代は使命をはたして大よろこびで帰った。
 途中、牛糞にすべって晴れ着を汚した。
 「山口衆とベゴの糞にぁ油断がでぎねえ」
 そんなことわざが、むかしの黒田、いまの宮古に残っている。


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by miyako_monogatari | 2009-02-07 16:22
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