■ カツギの辰

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 むかし、辰(たつ)というカツギがいました。
 カツギというのは、海に潜って貝やウニをとるアマ(海士)のことです。
 海に潜るのをカツグといいました。
 辰はカツギの名人でした。
 「カツギの辰」といえば、このあたりで知らないものはないほどだったのです。
 ある日のこと、宮古の代官所から、お達しがありました。
 「盛岡の殿さまにさしあげる五寸のアワビを、二百枚、明後日までに届けよ」
 というのです。
 そもそも、むりな話でした。
 いちど潜れば五枚はとる辰でさえ、五寸もの大ものは、一回一枚がやっとです。
 それを二百枚もとるには、少なくとも二百回は潜らなければなりません。
 しかも、ちょうど大時化のあとで、まだ波が高いときでした。
 とくに大もののいるトドヶ崎は、潮の流れが速く、潜るのは危険でした。
 さすがのカツギたちも怖じけづきました。
 けれども、盛岡の殿さまの命令には逆らえません。
 仲間とともに辰は黙って海に入りました。
 「カツギの辰」の名にかけて潜りに潜りました。
 自分では何回潜り、何枚とったかわかりません。
 とにかく、「もうよし」という声を聞くまではと必死だったのです。
 そのうち、やっと、
 「あと一枚だ!」
 と声がかかりました。
 辰は力をふりしぼって、最後の一枚をサッパ(小舟)に上げました。
 「やった!」
 サッパから大きな歓声が上がりました。
 そのときでした。
 頭を棒で殴られたような強い痛みを覚えて、辰は気を失いました。
 そして波に呑まれる寸前、あやうく仲間の手でサッパに助けあげられました。
 命をかけた辰たちのカツギによって、アワビはお達しどおりに代官所におさめられました。
 けれども、やっと正気にもどった辰の耳には、なんの音も聞こえません。
 鼓膜が、すっかり破れていました。
 なつかしい潮騒の音さえ、ついに辰は聞くことができなかったのです。


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by miyako_monogatari | 2009-02-05 18:40
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