■ 駒止めの桜


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 昔むかし、鍬ヶ崎に高島屋という廓(くるわ)がありました。
 そこに、リセというオシャラク(芸者)がおりました。
 リセに吉兵衛という恋人ができました。
 吉兵衛は千石船の船頭でした。
 ですから、陸(おか)で暮らす男のように、しばしば会うわけにはいきません。
 年に二度か三度も会えれば、いいほうだったのです。
 ある年のこと、夏には必ず顔を出すと言っていた吉兵衛が姿をみせませんでした。
 秋になっても、なんの音沙汰もありません。
 リセは港のほうばかり眺め暮らすようになりました。
 そのうち、胸をわずらい、床についてしまいます。
 高島屋の主人は、年の暮れにリセを家に帰しました。
 家は田老にありました。
 養生しに帰ったのに、正月を越えてリセの病は重くなるばかり。
 うわごとに、しきりと吉兵衛の名を呼びます。
 吉兵衛が鍬ヶ崎に姿をみせたのは、その年の春。
 きびしい冬を堪えた桜が、一気に咲きほこるころでした。
 高島屋でことのしだいを聞いた吉兵衛は、馬を駆って急ぎます。
 田老に入り、ある坂にさしかかったところ、一本の姿のいい桜の木のそばで、馬が歩みを止めました。
 吉兵衛がいくら鞭をくれても、こうべをたれて激しくたたらを踏むばかり。
 一歩も先へは動こうとしません。
 吉兵衛は馬をおりました。
 すると、そばの茅屋から白髪まじりの老女が出てきます。
 老女は男をじっと見つめ、こう呼びかけました。
 「もしや、吉兵衛さんか……」
 老女はリセの母親だったのです。
 男が「そうだ」と告げます。
 すると、老母は、馬が歩みを止めた桜の木のかげをさし示しました。
 そこに小さな墓がありました。
 リセの墓でした。
 吉兵衛は墓のまえにひざまずき、ねんごろにリセの霊をとむらいました。
 桜の木は、それから、だれ言うとなく、駒止めの桜と呼ばれるようになりました。
 吉兵衛がその後どうなったかはわかりません。
 桜の木は春ごとに見事な花をつけてリセの霊と老母を慰めました。
 老母が亡くなっても桜はリセの墓を長いあいだ見守りました。
 ところが、あるとき、山火事にあい、火にあぶられて枯れてしまったそうです。


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by miyako_monogatari | 2009-02-04 13:53
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