■ 船幽霊

a0115014_372637.jpg

 むかし、重茂(おもえ)の漁師たちが海原に漕ぎだした。
 船には、四人が乗っていた。
 沖に出ると、なんとなく空のようすが怪しい。
 かすかな胸騒ぎもおぼえる。
 こんなときは、船幽霊が出るかもしれない――
 船の上で、そんな話が出た。
 船幽霊に一言でも返事をすれば海に引きずりこまれる。
 古老が、よく口にする話だ。
 漁師たちは、みな信じていた。
 四人の漁師は沖合いで鮪(まぐろ)をとっていた。
 夜の八時近くだった。
 陸(おか)のほうから、雷が、いくつともなく、まとまって落ちたような怪音がとどろいた。
 それから、しばらくして、船は大きな波を浴びた。
 大波は三度きた。
 どうにか転覆をまぬがれた。
 あとは、なんの異状もなかった。
 その日は旧暦の五月五日、端午の節句だった。
 明けがた近く、みよし(舳先)をめぐらして浜に帰ろうとした。
 すると、潮騒のなかから、なにやら男の声がする。
 波の上で、だれかが助けを求めているように聞こえた。
 「船幽霊だべが?」
 みんなで顔を見合わせた。
 きっとそうに違いないと思って、一言もこたえを返さなかった。
 船も近づけなかった。
 必死の叫び声は何度も聞こえてくる。
 「おーいっ、助けろーっ!
 おーいっ!」
 漁師たちの胸が揺れ動いた。
 本物なら助けなければ……
 いや、きっと船幽霊だ。
 そんな手には乗るものか!
 と思っていると、こんどは名前を叫びだした。
 「おれだぁーっ!
 山崎だぁー!
 助役のォ、山崎だぁーっ!」
 山崎?
 助役の?
 ひょっとして……
 と思い、おそるおそる船を近づけた。
 海の上に顔を出しているのは、まさしく村役場の助役の山崎だった。
 もう間違いない。
 漁師たちは急いで船に引っぱりあげた。
 助役が、わけを話した。
 ヨダにさらわれて沖まで流された。
 妻も子も見失った、と。
 信じがたい話に漁師たちは呆然とした。
 やっぱり船幽霊にだまされているのか?
 そんな思いが胸をかすめた。
 それでも、ともかくもと、漁師たちは浜にむけて漕ぐ手に力をこめた。


                 宮古 on web
[PR]
by miyako_monogatari | 2009-02-04 09:41
<< ■ 駒止めの桜 ■ 山姥の最期 >>