■ 怪盗ワセゴン

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 江戸時代の話だ。
「黄金淵」の物語にでてくる破法坊とならんで知られた、宮古の盗
賊がいる。
 通称ワセゴン。
 フルネームは早稲栃権之助(わせとち・ごんのすけ)だ。
 といっても本名ではない。
 宮古町の北方、崎山の早稲栃あたりを秘密の根城とした。
 人には権之助と名のった。
 だから早稲栃権之助だ。
 略して早稲権。
 宮古権之助ともいう。
 ワセゴンは、破法坊と違って残虐非道なふるまいをしなかった。
 徒党も組まない。
 そのうえ手口がスマートだったから人気があった。
 盗んだ金を貧しい人たちにばらまいたという義賊伝説もある。
 鼠小僧次郎吉(ねずみこぞうじろきち)の宮古版だ。
 どうやら忍術の心得があったらしい。
 ある古老は、こんなふうに伝えている。
 ワセゴンのかよった早稲栃の山道は権之助街道と呼ばれた。
 一日じゅう駆けづめに駆けた。
 ひと晩で盛岡まで行って戻ってきた。
 風のごとく走ったので腹に笠(かさ)をあてていても落ちなかっ
た。
 役人に荒縄(あらなわ)でぐるぐる巻きにされ、そのうえ、大樽
(おおだる)をかぶせられても、煙のように消えた。
 神出鬼没(しんしゅつきぼつ)で、盛岡藩内はもとより、仙台領
まで股(また)にかけて盗みまくった。
 一軒だけ、どうしても盗めなかったところがある。
 津軽石(つがるいし)の富豪の土蔵だ。
 ここは、「どうぞ、お入りください」といわんばかりに、いつも
戸が開いていた。
 草履(ぞうり)まで、そろえてあった。
 あるとき藩の役人に捕まる。
 さしものワセゴンも、歳(とし)をとって焼きがまわったらしい。
 捕まって、さてどうなったか。
 許された。
 たくみな盗みの手口や忍術の心得が買われたのだ。
 二度と悪事をはたらかないとの一札(いっさつ)を入れたうえで、目明(めあかし)になる。
 盗賊が一転して警察の手先になったわけだ。
 表向きは神妙につとめた。
 けれど、習い性(しょう)となった盗みがやめられない。
 お役目のあいまに盗みまくる。
 ばれて、ふたたび捕まる。
 こんどこそ死刑だ。
 塩漬けにされた遺体が、早稲栃までとどけられた。
 早稲栃には、供養塔(くようとう)が建っている。
 権之助がひそんでいた家の土台の石組みは、いまでも竹やぶの奥
に、ひっそりと残っているともいう。


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by miyako_monogatari | 2009-01-30 05:17
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