■ おつゆ女房


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 昔むかし、おったづうもんな。
 ひとりの漁師、おったづうもんな。
 その漁師はな、日よりがいい日は、いっつも海さ、出でだった。
 とりすぎた魚っこは、海さ、返してだった。
 ある日の夕まぐれのことだ。
 見も知らねえ若(わげ)え女(おな)ごが、漁師の家さ、たずねてきた。
 そうして、喋(さべ)ったった。
「家さ置いで、けどがんせ」
 漁師は驚いた。
 そうして何度も何度も断わった。
 女ごは聞きいれねえ。
 外は真っ暗になった。
 放題(ほうでえ)がねえんで、漁師は、とにかく女ごを家さ、入
れだぁのす。
 女ごは気立てがよかった。
 そのまま、いついてしまった。
 働きものの女房になった。
 とりわけ、うんめえおつゆ(汁)をつぐっては、漁師をよろこば
せだった。
「うんめえ、うんめえ。
 どうやったら、こんなぁ、うんめえおつゆが、でぎんだ?」
 漁師が、なんぼぉ聞いでも、女房は笑ってばっかりで、答えねえ。
 あるときだ。
 漁師は、浜さ、仕事に出るふりっこして、物かげから、こっそり、女房のようすを、うかがった。
 そしたらす。
 台所(でえどご)さ立った女房が、すり鉢さ、味噌を入れたと思
ったら、着物の裾を、まくった。
 それから、自分の尻(けつ)っこで、味噌を、すりはじめだもんだ。
 漁師は、驚いだごど、驚いだごど。
 夕飯どきになった。
 膳のまえに漁師は座った。
 おつゆさ、箸をつける気には、なんねえ。
 いっつも、まっさきに箸を、つけんのに。
「どうしたのす?」
 尋ねる女房さ、
「黙ってっぺえど思ったあども……」
 そう前置きして、のぞき見してだぁのを、喋ったわげだ。
 女房の顔色が、ばっと変わった。
 ちょっとぎま、顔を伏せでだった。
 それから女房は、立ってって、戸棚の奥から、きれえな、ちっち
ゃけえ箱っこを、とりだしてきた。
「おら、おめえさまに、海さ返してもらった、魚っこだ。
 いっしょに暮らしたくて、人間のすがたになって、きたのす」
 女房は、喋ったった。
「んだども、味噌をすってるところを見られては、海さ帰らねば、
なんねえ。
 別れのしるしに、この手箱、置いてくっけえ」
 喋り終わった女房は、あっというまもなく外へ飛びだした。
 漁師は、あわてて、あとを追った。
 ふしぎなことに、馳せでも馳せでも、追っつかねえ。
 ちょうど、満月の夜だった。
 潮の満ちた波打ちぎわ。
 せりだした岩っこ。
 その上さ、すっくと立った女房。
 頬には涙が光ってだった。
 馳せよる漁師をふりかえって見た女房は、月光のながさ、身をひ
るがえした。
 魚っこのすがたにもどって、銀のうろこが、きらめいだ。
 と思ったら、そのまま海さ、消えでった――
 女房が残した小箱には、宝物が、いっぺえ入ってだった。
 それでも漁師はさ、日よりのいい日は、いっつも、海さ、出はっ
ていった。
 魚っことって、つましく暮らしたっつう話っこだ。


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by miyako_monogatari | 2009-01-29 18:40
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