■ 赤前は昼前

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 昔むかしのことだ。
 赤前(あかまえ)の須賀(すか)に、鯨(くじら)の群れが押し
よせた。
 須賀というのは砂浜のことだ。
 赤前須賀は宮古湾の南の、いちばん奥。
 その砂浜に鯨が打ち上げられ、見はるかす湾の入り口、遠く閉伊
崎(へいざき)までも、黒ぐろと鯨で埋まっている。
 それは、沖へ出る漁師でさえ目にしたことのないほどの大群だっ
た。
 村びとたちは大騒ぎになった。
 駆けつけた宮古の代官も驚いた。
 そして、うちつづくケガヅ(飢渇)で痩せ細った村びとたちを前
に、代官は、こう言った。
「よぉし。
 昼前にとった鯨は、おまえたちのものだ。
 昼を過ぎたら、おかみのものとする。
 正午になったら、すぐに鯨から離れろ」
 聞くが早いか、村びとたちは、年寄りも子どもも総出で鯨にとり
ついた。
 刃物を持っては皮をはぎ、あぶらをとり、身を切る。
 あらんかぎりの器を持ちだしては運ぶ。
 鍋(なべ)や釜(かま)はもちろんのこと、小さな桶(おけ)から大きな桶、背負い籠(かご)のモッコ、大きな竹籠のヨゴダ、莚(むしろ)でつくった叺(かます)に、米俵(こめだわら)まで持ちだして運んだ。
 それはそれは、てんてこ舞いの忙しさだ。
 何年分もの盆と正月と村祭りとが、いっぺんにやってきたような
興奮が、浜じゅうに渦を巻いた。
 時の過ぎるのなんか、てんで頭にない。
 そのうち、
「お~い!
 鯨から離れろ!」
 代官が何度も叫んだ。
「とうに昼は過ぎたぞ!」
 だれの耳にも入らない。
 代官は肝入(きもいり)を呼んだ。
 肝入というのは、村長のことだ。
「もう昼過ぎだ。
 赤前では、まだ、昼前なのか?」
 肝入は答えた。
「へえ……
 稼(かせ)ぐべえりで。
 みんな、まぁだ、昼飯も食っておりませんで。
 まぁだ昼飯前だがら、まぁだ昼前でごぜんす」
 代官はそれ以上なにも言わない。
 そうこうするうち、日は西の山なみに、かたむいた。
 さすがの村びとたちも疲れてきた。
 肝入の号令で鯨から離れた。
 あとには、月に照らされて白く光る大きな骨が、残った。
 るいるいと残った。
 騒ぎがおさまって、村びとたちは赤松の林のなかに、お堂を建てた。
 お堂のなかに、鯨の骨がらを、まつった。
 それから赤前では、時のたつのも忘れるほどに忙しいとき、こう
言いかわすようになった。
「赤前は、まぁだ昼前だがねんす」
「ほにほに、赤前は昼前だがねぇ」
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by miyako_monogatari | 2009-01-29 10:14
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