■ 黄金淵


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 重茂(おもえ)半島の太平洋岸に、一艘の、みすぼらしい船が流
れついた。
 江戸時代の初めごろのことだ。
 船には落ち武者たちが乗っていた。
 頭(かしら)は宇都宮と名のった。
 下野(しもつけ)の国というから、いまの栃木あたりから逃がれ
てきたらしい。
 黄金(こがね)を隠しもっていたという話もある。
 重茂にムギオソリ(麦尾曾利)というところがあって、そこにお
ちついた。
 落ち武者一党は、漁や畑仕事に精をだした。
 いつしか頭は、ムギオソリの長者と呼ばれるようになった。
 そのころ田老に、みずから破法坊(はほうぼう)と名のる悪党が
いた。
 法を破る極悪非道のもの、破法坊。
 ほんとうの名は、わからない。
 あたりの村むらに手下を住まわせ、徒党をなして名のある家や豪
商に押しこんだ。
 うわさを聞いた長者は、刀や槍(やり)をとりだして守りをかた
めた。
 それでも破法坊はムギオソリの長者を襲った。
 破法坊たちの襲撃は手ぎわがよかった。
 徒党とはいえ慣れていた。
 ムギオソリの長者は、黄金をつめた袋を馬にのせると、ほうほう
のていで館(やかた)から逃げだした。
 けわしい山を越える峠道(とうげみち)で、破法坊たちが長者に
迫った。
 矢つぎばやに矢を射かけた。
 峠の崖の下には谷水が流れくだり、淵(ふち)に渦を巻いている。
 長者は、黄金が入った袋を、峠から淵に投げこんだ。
 盗賊たちも黄金の袋を追って崖を駆けおりた。
 そのすきに長者は、赤前(あかまえ)村の肝入(きもいり)の屋
敷にたどりついた。
 肝入というのは村長のことだ。
 宮古の代官所へ早馬が走った。
 盗賊たちは急いで淵にもぐった。
 淵は深くて暗い。
 水が異様に冷たい。
 ついに袋を見つけられず、破法坊たちは迫る夕闇のなかに、ばら
ばらと姿をくらましていった。
 やがて、黄金が投げこまれた淵を、黄金淵と村びとたちは呼ぶよ
うになる。
 重茂から赤前あたりに小金渕という苗字の家がある。
 ムギオソリの長者が黄金の袋を投げこんだ、この淵に由来して名
づけたという話だ。
「黄金」という字を「小金」にかえたのはどうしてなのか、わから
ない。
 淵に沈んだ黄金は、どうなったのか?
 これもわからない。
 そのあと引き上げられたという話は聞かないから、いまも淵の深
みのどこかに眠っているのかもしれない。


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by miyako_monogatari | 2009-01-27 21:19
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