IE9ピン留め
■ 犬石

 昔むかし、その昔、宮古に一匹の老いた犬がいた。
 飼い主から与えられる餌(えさ)といえば、毎日、魚ばかり。
 いいかげん飽きてしまった。
 それでも、ありつけるだけましかもしれないが、生きているうちに、なにか変わったものも食ってみたいものだ。
 噂に聞けば、西のかなたに盛岡という大きな町があるという。
 そこには、まわりから、いろいろなものが集まってくるそうだ。
 人間ばかりではない、盛岡の犬も、さぞかし、めずらしいものを食っているのだろう。
 宮古の犬は、そう思っていた。
 思いあまって、宮古の犬は、ある日、飼い主の家を飛びだした。
 街道を西へ、盛岡めざして歩きはじめた。
 途中は川と出会うほかは、ひたすら山道で、人の住む家も少ない。
 したがって餌もない。
 鳥や小さな獣(けもの)を狙っても、悲しいかな、野性のおとろえた飼い犬では、歯が立たない。
 川や泉の水を飲むばかりだった。
 宮古を出て三日めのことだ。
 すっかり疲れきって、首が持ち上がらない。
 もう歩けなくなっていた。
 ふと、目を上げた。
 前から、なんだか自分と似たような犬が、ふらふらやってくる。
 やはり疲れ果てているように見える。
 襲ってくる危険はなさそうだ。
 すりよってくるから話を聞けば、盛岡から、やはり三日がかりで、ここまで来た、と言う。
 盛岡にいても、獣の肉には、なかなかありつけない。
 魚といえば、たっぷり塩をして干したものばかりだ。
 とったばかりの海の魚が、どうしても食いたかったのだ、と言う。
 宮古の犬も、自分がここまで来たわけを話した。
 そうして言った。
「盛岡に行っても、いいことは、あまり、ないのだな」
 盛岡から来た犬も応じた。
「宮古へ行っても、毎日、魚ばかりでは、しようがない」
 話し終えると、二匹の犬は、寄りそったまま力尽きてしまった。
 その場で動かなくなった。
 そうして、いつしか岩になった。
 二匹の犬が出会ったのは、川井の田代、その西のはずれだった。
 道ばたの岩は、犬石(いぬいし)と呼ばれて永く親しまれていたが、最近の道路工事かなにかで見えなくなった、という。


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# by miyako_monogatari | 2010-10-31 15:20
■ 口のない嫁

 あるところに、独り者の男がいた。
 男ぶりは、まあまあだ。
 読み書きできるほどの学問もあった。
 よく働きもする。
 だが、せっせと銭や物をためるばかりで、人を寄せつけない。
 つけこまれたり、身辺からなにかを盗られるのが心配なのだ。
 小心で、欲が深い。
 だから、いい年をして、嫁ももらわない。
 どんなに働き者の嫁をもらっても、嫁というものは、だいいち飯を食う。
 満足に飯を食わせなければ、ぐちぐち愚痴を言う。
 だんだん働くのもいやになって、ひたすら口うるさいばかりだろう。
 男は、そう思っていた。
 嫁の来手がないわけではない。
 この男の嫁になりたいと考える若い女は、村の内外にいないわけではなかった。
 男は、いままで何度か、持ちこまれた縁談を断っている。
 断るたびに、
「嫁なんか、いらない。
 ひとりのほうが余計な金がかからない」
 頑固に、そう自分に言い聞かせていた。
 ただ、年をとるにしたがって、なんだか妙に寂しくなる。
 嫁のひとりぐらい家にいても、いいのではないか……
 そう思い始める。
 いやいや、やっぱり大口をあけて大飯を食らったり、なにかと口やかましいばかりだろう。
 ――いや、待てよ。
 それなら、口がなければいいではないか。
 口のない嫁というものは、世間にいないものか――
 これは名案だと思って、男は口のない嫁を探しはじめた。
 ほうぼう探しまわった。
 男が口のない嫁を探しはじめたことは村でも噂になった。
 だが、そんなつごうのいい嫁が、いるはずはない。
 ああ、つまらない考えだった。
 くたびれ儲けの骨折り損だった。
 男は、あきらめて探すのをやめた。
 それから数日後のことだ。
 暗くなってから、家の戸をたたく者がある。
 めったに人の来ることのない家だから、男は、
「はて?」
 と思った。
「だれだ?」
 聞いても返事がない。
 用心しながら戸の隙間からのぞくと、若い女が立っている。
 女には、口がなかった。
 男は驚いて戸をあけた。
 女は口がないから、ものを言わない。
 代わりに一通の書きものを差しだした。
 読むと、たどたどしい字で、こう書いてある。
「どうか家に置いてください。
 食べものはいりません。
 愚痴も言いません。
 一所懸命に働きます」
 口のない嫁を探しているという噂を聞きつけて、みずからやってきたのだろう。
 男は、そう納得して女を家に上げた。
 数日が過ぎた。
 なるほど、ものも食わない。
 うるさいことも言わない。
 よく働く。
 これはいい嫁をもらった。
 男は感心し、かつ満足の笑みを浮かべた。
 また数日たった。
 なんだかおかしい。
 米櫃(こめびつ)の米が、いつもより減るのが早いのだ。
 自分の食べる量が増えたはずはない。
 とすると、だれかが盗んでいるのか。
 ひょっとすると、嫁が、どこかに持ちだしているのかもしれない。
 そう思って、男は翌日、仕事に出るふりをして、ようすをうかがった。
 男が出かけると、女は米櫃をあけて米を研(と)ぎだした。
 かまどにかけて炊く。
 炊きあがると、おにぎりをつくった。
 香の物を並べた。
 それから、豊かな髪を分けた。
 髪のなかに、大きな口があった。
 その口に、おにぎりや香の物をつぎつぎに放りこんで、むしゃむしゃ食いはじめた。
 男は戸の隙間から、その一部始終を見た。
 驚いて腰が抜けそうになった。
 腰が抜けるのを、どうにか堪(こら)えさせたものは、
「大事な米が、俺の米が、どんどん食われてしまう。
 ああ、もったいない。
 口惜しい」
 という一念だった。
 男は、かたわらにあった棒を、ひっつかんだ。
 棒切れ一本に勇気を得て、家のなかに猛然と駆けこんだ。
 女が気づいて、
「あっ」
 と声を上げる。
 男は頭から棒切れを振りおろし、女の体を蹴り、また棒切れを振りおろした。
 女は逃げた。
 だんだん小さくなってゆく女の姿を、男は激しく息をつきながら呆然と見送った。
 女は帰ってこなかった。
 男は、また独り者に戻った。


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# by miyako_monogatari | 2010-10-31 09:38
■ 腹帯の大淵の話 2

 腹帯(はらたい)の大淵のあたりは、いつも不思議な気配に満ちていた。
 丸太を宮古まで流して閉伊川を下る木流したちは、大淵を越すと、ほっとして、お神酒を開けて川に流したものだという。
「大淵に石を投げると、雨が降る」
 とも言われる。
 ぎらぎらと焼けつくような、ある真夏の一日だった。
 ある男が、ひとつ試してみようと思った。
 こぶし大の石を数個、ドボンドボンと投げこんだのだ。
 すると、ものの数分とたたないうちのことだ。
 突然、息苦しくなるような大雨が襲ってきた。
 男は怖くなって、口を閉じ、息をつめて走り出した。
 無我夢中で家に馳せ帰ろうとした。
 ふと、我に返った。
 いつのまにか雨はやんでいた。
 ただ、男は頭から着物から、全身がびしょ濡れだったという。
 この腹帯の大淵も、川の改修工事にあって、いまはない。


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# by miyako_monogatari | 2010-10-30 13:10
■ 腹帯の大淵の話 1

 閉伊川の腹帯(はらたい)に、大きな淵があった。
 あるとき、ある男が、この大淵で、ナメ流しをしようとした。
 ナメというのは、山椒の皮を煮出した汁で、これを川に流すと魚が浮き上がる。
 ナメを流すことを、ナメを打つとも言う。
 男が、いざナメを打とうとするところへ、ひとりの僧侶があらわれた。
 そうして、言った。
「大淵に毒を流したら、淵のものは、根こそぎにされてしまう。
 そのような殺生(せっしょう)は、おやめなされ」
 男は、僧侶を家に連れて帰り、赤茄子(あかなす)の漬け物で飯を食わせて帰した。
 翌日になって、男は大淵にナメを流した。
 すると、大きな大きなウナギがとれた。
 その大ウナギだけで、ほかの魚は一匹もとれなかった。
 大ウナギの腹をさいてみたら、赤茄子の漬け物が出てきた。
 男は、大ウナギが、ほかの魚の身代わりになったのだと思って、それからナメ流しはやめてしまったという。


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# by miyako_monogatari | 2010-10-30 08:26
■ 宮古湾の主

 これは実際にあった話だ。
 豊間根の石峠に、七郎右衛門という老人がいた。
 七郎右衛門は虚空蔵(こくうぞう)の信者で、その熱心な信心ぶりは近在近郷に知れ渡っていた。
 自宅の大きな池に、たくさんのウナギを飼っていた。
 ウナギは虚空蔵の使いとも化身ともいわれる。
 だから、信者はウナギを食べることはない。
 七郎右衛門も、虚空蔵を信仰するようになってからは食べなくなった。
 それまで食べていたウナギへの供養と懺悔の意味もこめて、池のたくさんのウナギに、せっせと餌を与えた。
 まるまると太った池のウナギは、大雨で増水するたびに池から逃げだした。
 明治31年(1898年)のことだ。
 宮古湾のイワシ地引き網に、目方が10キロもあろうという大きなウナギがかかった。
 まるで丸太のような大ウナギは、
「宮古湾の主(ぬし)だ」
 と、もっぱらの評判になった。
 このウナギが、七郎右衛門のところに持ちこまれた。
「これこそ虚空蔵さまの化身にちがいあるまい」
 七郎右衛門は、そう思い、高値で買いとった。
 池に放して、餌のイワシを毎日与えた。
 だんだん人にもなれるようだった。
 そのあと、何十年ぶりかの大水が出て池があふれたとき、大ウナギも、ふっつり姿を消してしまった。
「惜しいことをした」
「海に戻ったんだ」
「また宮古湾の主になったのだろう」
 と、この大ウナギは、いつまでも土地の人たちの語り草になっていた、という。


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# by miyako_monogatari | 2010-09-10 11:48
■ 石浜の石っこ

 重茂(おもえ)の石浜さ、神社がある。
 名前は、そのままで、石浜神社だ。
 祭神の名前が、むずがすう。
 イシコリドメノカミ(石凝姥神)どがなんどが、言うそうだ。
 ご神体は、おっきな石っこだ。
 この石っこの神さまには、おもっつぇえ話っこがある。
 神社は、なんでも今がら350年ほどまえに、石崎徳助っつう人が建てだど言われる。
 はじめは、石浜神社ではなくて、吉原神社ど呼んでだらしい。
 そしたら、あるときのことだ。
 浜さ、卵型の、光る石がひとつ、打ち上げられだ。
「ふしぎな石も、あるもんだ」
 そう思った神社の別当さんが、牛伏のイダゴ(巫女)さんさ、石っこを見でもらった。
 そうしたら、たったひとこと、ご託宣がくだった。
「お祀(まつ)りもうしあげねば、なんねえ」
 それで、光る石っこを、ご神体に据えで、お祀りもうしあげだ。
 神社も、吉原神社がら、石浜神社ど名前を変えだ。
 その石っこ、ご神体にお祀りもうしあげでがら、ときどき汗をかぐようになった。
 汗をかぐばがりではねえ。
 汗をかぐたびに、だんだん、おっきくなる。
 ふしぎなことは、まだある。
 石浜神社の参道になってる海岸の石浜がら、石っこを持ちだした人さ、祟(たた)りが祟るようになった。
 石っこを持ちだした人は、どうしたわげだが、足の具合が悪ぐなんだぁど。
 祟られるっつう話っこは気味が悪いども、とにかぐ、石浜がら石っこを持ちだしてはなんねえっつうことだぁな。
 あどは余談だぁが――
 石浜で、船を新しぐ、こしらえる。
 そうすっと、進水式のときに、船を3度、ぐるぐるぐるっと回す。
「石浜の神さまと、竜神さまへ」
 そう唱えで、お神酒を海さ注ぐ。
 竜神さまも、石浜神社の境内に祀られでる。
 そごは、むかし、死んだ海亀が定置の網さ入ったぁのを、葬ったぁどごだそうだ。


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# by miyako_monogatari | 2010-08-02 17:08
■ 河童の詫び証文

 黒森神社のある黒森山に、ひとつの沼があった。
 その沼の水は、どうしたわけか、赤かった。
 それで、ふもとの山口村の人たちは、赤沼と呼んでいた。
 この赤沼に、一匹の河童が住みついていた。
 そうして、参詣におとずれる人を沼に引きずりこんだり、馬の尾を引き抜いたり、さんざん悪さのかぎりを尽くしていた。
 あるとき、山口村の庄屋さんが、馬に乗って、黒森神社にお参りに出かけた。
 庄屋さんは神域の前で馬をおりた。
 河童にいたずらされてはと、赤沼から離れたところに馬をつないだ。
 河童は、沼から首だけ出して、このようすをながめていた。
 庄屋さんが本殿に登ってゆくと、河童は沼からとびだした。
 馬の手綱(たづな)をといて、それから沼に引きずりこもうとした。
 庄屋さんの馬は、大きくて、力も強い。
 驚きながらも、ふんばってこらえた。
 それから急に、ぐるぐる回りだした。
 河童は目が回った。
 体に手綱がからんだ。
 馬は河童の体を引きずったまま、お山を駆けおりると、庄屋さんの馬屋まで一目散に走りこんだ。
「ヒヒーンッ」
 一声、大きく、いなないた。
 家の者たちが馬屋に駆けつけた。
 見ると、手綱に、河童がからまっている。
「河童だ、河童だ!」
 驚いて、あたりに触れまわる。
 村の人たちが集まって、口々にわめきたてる。
「河童か!」
「いっつも悪さべえりしてる、赤沼の河童か!」
「殺せえ、殺せえっ!」
 河童は土下座して手を合わせて拝みながら、泣き叫ぶ。
「堪忍して、堪忍して!」
 そこへ、息せききって、庄屋さんが戻ってきた。
 騒ぎを見て言った。
「まあまあ――
 殺すなどとは、縁起でもない。
 とにかく、ここは、庄屋のわたしに任せなさい」
 それから河童を引きすえて言った。
「これ、河童。
 おまえは悪さばかりしてきたが、ほんとうに悪いと思っているか?
 ほんとうに、もう悪さはしないか?」
「ほんとうに、ほんとうに悪かった思っております。
 もう、もう決して悪さはいたしませんから、どうか命ばかりは、お助けください」
「よしよし。
 わかったわかった。
 命は助けてやる。
 そのかわりだ、ちゃんと詫び証文を残してゆけ」
 そう言って紙を突きつける。
 庄屋さんは、けれども、河童が詫び証文を書けるなどとは、じつのところ思っていなかった。
 少しはこらしめてやろう、困らせてやろうと考えたのだ。
 ところが、河童は、自分の指を歯で噛み切ると、したたる血で、証文を書きだした。
 これには庄屋さんはじめ、その場にいあわせた村びとみんなが目をみはった。
「今後、二度と決して悪さはいたしません。
 ですから、どうぞ、お許しください。
 赤沼の河童」
 詫び証文には、真っ赤な血で、たどたどしくはあったけれど、はっきり、そう書かれていた。
 河童の血も、人間と同じように赤いということも、わかった。
 庄屋さんも、まわりの人たちも、これにはしきりに感心して、河童を放してやった。
 それから黒森さんの赤沼の河童は悪さをしなくなった。
 と言うより、それから河童は、ぱったり、すがたを見せなくなった。
 そのうち赤沼の水が涸れた。
 草や木が、ぼうぼう生えた。
 どこが沼だったかさえ、わからなくなってしまった。
 河童の書いた詫び証文は、大切に保存された。
 話によると、いまでも庄屋さんの子孫の家に、家宝として伝わっているそうだ。


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# by miyako_monogatari | 2010-08-02 13:14
■ 追切(おいきり)悲話

 昔むかしのことだ。
 鬼の群れが、重茂(おもえ)半島は浦ノ沢のとなりの小さな浜に隠れ住んでいた、という。
 この鬼たちを退治しようと、タムラマロというヤマトの将軍が、はるばるやってきた。
 鬼というのは、じつはエミシの人たちのことだった。
 エミシは大昔からこの地方に住んでいた。 
 ヤマトの朝廷は、命令に従わなかったエミシを滅ぼそうと、タムラマロをさしむけた。
 重茂の小さな浜に隠れ住んだのは、エミシのなかの有力な棟梁のひとり大猛丸(おおたけまる)と、その一族だ。
 大猛丸たちは南のほうから逃げのびてきたのだった。
 月山をいただく重茂半島は、起伏が激しい。
 山すそは、すぐ海に落ち込んでいる。
 獣道ばかりで、軍勢を進めるような道らしい道もない。
 うっかり大軍で攻めこんだら、地の利のある大猛丸にやられてしまう。
 船で向かえば目立つ。
 夜に上陸しようにも、闇のなかでは身動きのとれない狭い浜しかない。
 さてどうしたものか――
 タムラマロは考えた。
 対岸の岬、臼木山(うすきやま)から東へのびる舘ヶ崎(たてがさき)に立って重茂半島をながめた。
 一計を案じた。
 見晴らしのいい舘ヶ崎の高台に女を集めた。
 綺麗な、派手な着物を着せた。
 鉦や太鼓を打ち鳴らし、笛を吹かせながら、舞いを踊らせた。
 そのかたわらでタムラマロは、大きくて強い弓を手に待った。
 いっぽう、藤原の須賀(浜)で船を仕立て、選りすぐった手下を浦ノ沢に上陸させ、山陰にひそませておいた。
 舘ヶ崎から、にぎやかな演奏が潮風に乗って重茂半島まで流れてゆく。
 何ごとだろう?
 そう思って、大猛丸たちが海ぎわに出てきた。
 目のいい大猛丸たちは、向こうの岬の上で演じられる舞いに気づいて、思わず見とれた。
 ひときわ大きな大猛丸のそのすがたは、やはり目のいいタムラマロにも、はっきりわかった。
 強弓を大きくひきしぼると、ヒョォーッと矢を放った。
 矢は潮風を突っ切り、ものすごい速さで海を渡った。
 対岸に立つ大猛丸の胸を、どっと射ぬいた。
 大猛丸が立っていた岩が、したたる血で真っ赤に染まる。
 その岩は、いつまでも赤く染まったままで、やがて鬼形(おにがた)と呼ばれるようになる。
 血しぶきが、舘ヶ崎の東にある真っ白い岩の先端の潮溜まりまで、ほとばしった。
 その潮溜まりは、波に洗われても、赤さびた色をたたえるようになった。
 やがてそこは、血の池と呼ばれるようになった。
 どぉっと音を立てて大猛丸の大きな体が倒れたのを合図に、山陰にひそんでいたタムラマロの手下たちがエミシの一族を襲った。
 男も女も、多くが海ぎわに追いつめられ、斬り殺された。
 あるものは自ら刀を身につきたてて死んだ。
 生きて海に飛びこんだものは弓で射られた。
 この浜は、やがて追切(おいきり)と呼ばれるようになった。


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# by miyako_monogatari | 2010-08-01 15:18
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